組織デザイン

今、「スキルベース組織」が注目されている
日本企業では長らく、会社に人が所属し、その後に職務や配属が決まる「メンバーシップ型雇用」を前提に、組織や人材要件を部署・職務分掌単位で設計し、長期雇用を前提に人を育て、配置していく考え方が主流でした。そこでは、人材要件が多少ラフであっても、長い時間軸の中で経験を積み、将来的に成果を出してもらうことができました。
しかし、事業環境の変化スピードが著しく速くなった今、組織設計の常識そのものが問い直されています。ボストン コンサルティング グループ(BCG)の調査によれば、スキルの平均的な「半減期」は今や5年を切っており、テクノロジー分野ではその半分以下だとも言われています。[1]
そこで注目されているのが、「スキルベース組織(Skills-Based Organization)」という考え方です。[2]これは単なる採用手法の変化ではありません。組織設計、人材管理、そして人材獲得の前提を変える話です。
では、ジョブ型とスキルベース組織は何が違うのか。なぜ今、日本企業のリーダーがこのテーマに向き合う必要があるのか。グローバル企業での人事・組織変革の経験を持つ南 知宏にインタビューを行いました。

南 知宏(みなみ ともひろ)略歴
ソレクティブ Business Design Director、TM HR Advisory & Coaching 合同会社 CEOを務める。DeloitteおよびSAPにてグローバル人事・組織変革コンサルティングに従事後、現在は日系・外資系企業の人材戦略・組織設計支援に取り組む。『グローバル企業のための新日本型人材マネジメントのすすめ』の著者。
「経験、能力」から「スキル」単位へ、判断基準が変化している
日本企業ではいまだに「部署」単位で組織を定義し、設計する発想が根強いですよね。一方で今回は、その単位を、「部署」ではなく「スキル」まで落として考えるということだと思いますが、グローバルでは、この考え方はどのように変わってきていると感じますか?
南:まず、「グローバル」と一括りにするのは少し危険だと思っています。たとえば東南アジアなどは、日本に近い部分もあり、部署や役割をやや曖昧に定義したまま運用している企業も少なくありません。
一方で、アメリカ、イギリス、中東などでは、もともとジョブ型や個別契約の考え方が比較的浸透しています。ひとつひとつのポジションが明確に定義され、そのポジションに対して報酬が払われる。ポジションが空けば、社内やマーケットからすぐに成果を出せる人材を取りに行く。そういう発想が土台にあります。
ただ、ポジションに必要なこととして、従来は「経験」や「能力」といった単位で見ていたものが、今はさらに細かく「スキル」単位で見られるようになってきています。米欧州においては、従来から「ポジション」やそのポジションで行われる「ジョブ」を明確にし、それを基に報酬を支払ってきましたが、その定義の粒度が「ポジション」や「ジョブ」よりも細かい「スキル」に移行していますし、さらにはその社内全体や部門単位、個々の社員の「スキル」の充足度をリアルタイムで把握して、配置に活用する動きが加速しています。
その変化を加速させている最大のドライバーは何だと思いますか?
南:変化を加速させている要因は大きく2つあります。1つは、これまでの人材マネジメントの思想の違いです。ご存じの方も多いかと思いますが、日本は中長期雇用を前提としたポテンシャルを考慮しその伸長を重視した「メンバーシップ型」が強く、一方で米欧州では即戦力を前提とし、各ポジションやジョブに現在求められる経験や能力を重視した「ジョブ型」が強いです。もともと米欧州の従来の組織設計の粒度の方が日本のそれよりも細かいため、「スキル」を定義し、管理することに素早く対応できます。
もう1つは、デジタル化の進度です。欧米企業では、従業員情報、評価、異動、昇進履歴などがすでにデータベース化されており、そこにスキル情報を載せるだけでスキルベースの管理に移行しやすい。一方、日本企業では、そもそもデータが整っていない、あるいは部門や業務ごとに分断されているケースが多く、まずはデータベースを整備するところから始めなければならないケースが多くあります。
これらの2つの要因が、米欧州にて「スキル」単位で組織を定義し、人材を配置する動きが加速するドライバーだと捉えています。
「スキルベース組織」と「ジョブ型組織」は何が本質的に違うのでしょうか?
南:ジョブ型組織は、ポジションに求められる役割やタスクを定義し、その軽重を給与に反映させる考え方です。ポジションごとに何を担うのかを明確にし、その担う職務の重さに対して処遇を紐づける。処遇まで反映して初めて、本当の意味でジョブ型と言えます。
一方、スキルベース組織は、さらに粒度を細かくして、そのポジションや業務に必要なスキルまで分解して定義する考え方です。つまり、ジョブ型が「役割・タスク」で組織を定義するのに対して、スキルベースは「その役割を遂行するために必要なスキル」で組織を定義します。
日本企業のジョブ型は、あえて表層的な対応に留めているケースが多いです。報酬は「ジョブ」ではなく、従業員の「能力」に支払いたい。故に、職務記述書を作り、既存の等級に連携させるだけに留めている日本企業が多く見られます。もちろん、資格等級ごとの曖昧な能力定義のみで人材を評価し、処遇し、配置する人材管理の思想から、ポジションごとの要件や職務記述書に落とし込み、各従業員に求める職務を明確に定義すること自体は大きな前進です。ただ、そこで止まるのではなく、さらに職務記述書に求められるスキルを明確にし、そのスキルを実際にどう獲得するのかまで考える必要があります。組織設計、人材管理、人材育成、そして雇用形態や採用まで一気通貫で考え、必要に応じて変えていくことが、人材戦略の実現には必須です。
スキル単位での人材管理は、最適配置を可能にする
これまでのコンサルティング経験、またASEAN地域を中心とした世界各国での経験から、『スキル単位で組織を再設計した結果、こんな変化が起きた』という具体的な事例はありますか?
南:日系企業で、スキルベースの組織設計まで完全にやり切っている会社は、まだ多くないです。一方で、外資系企業、特に航空機関連や製造業のグローバル企業では、スキル管理への移行がかなり進んでいます。
その結果として、従業員活用の幅が広がることは大きなメリットです。組織内のポジションが可視化され、それぞれのポジションに求められるスキルも明確になり、個人のスキルも可視化されている。そうすると、部門や事業を超えて「この人は、実はこのオープンポジションに最もマッチする」といったマッチングが可能になります。
これは、ベテラン人材の活用にも活かせます。日本企業では、役職定年や定年後再雇用の人材活用の方向をこれまでの部門や領域の延長線上でしか考えていないことが多い。その結果、「同じ部門や領域で、同じ専門性であれば、これから活躍してもらう期間が長い後進に道を譲ってほしい」という発想になりがちです。
しかし、全社のポジションとスキルを見渡してみると、その人が別の部門や別の事業で活躍できる可能性が見えてきます。これは会社にとっては最適配置につながりますし、従業員にとっても「この会社でまだ活躍できる」という動機付けにもなる。結果として、エンゲージメントやロイヤリティの向上にもつながります。
もちろん、最適な人材を最適な場所に配置できるため、業績へのインパクトもあります。短期的には人材活用の効率が上がり、中長期的には組織力の底上げにもつながる。スキルベースで組織を見ることには、これからの企業経営にとって大きなメリットがあると思います。
スキルベースで考えるなら、雇用形態と採用の選択肢は柔軟に
スキルベース組織の実現を突き詰めると、正規雇用だけでは限界が来るのでしょうか?
南:私もそう思います。スキルベースで考えると、「そのスキルの保有者は本当に正社員でなければいけないのか」という問いに向き合うことになります。
多くの企業は、雇用形態や採用について、過去の枠組みにかなり囚われています。正規雇用が前提で、採用手法もエージェントが中心です。その延長で人材獲得の手段も、「エージェント経由の採用を増やすか、減らすか」という議論に終始しがちです。でも、必要なスキルを本当に突き詰めると、正規雇用だけでは確保できない場面が出てきます。
理由はいくつかあります。まず、求めるスキルレベルを明確にすると、実は社内や従来の採用市場では見つからないレベルの人材が必要だと分かることがあります。特にITやDX領域では、そもそも求める人材が正規雇用の市場で見つからないケースも多いです。
次に、候補者が見つかっても、処遇水準が合わない。さらに処遇が合ったとしても、就労条件が合わないこともありますし、逆にその人に本当にフルタイムで週40時間働いてもらう必要はなく、実は必要なのは一定期間・一定時間だけかもしれません。
また、正社員として採用する場合に求めがちな人物像とズレることがあります。「この領域だけやりたい」「フルタイムでは働きたくない」「複数の仕事を並行したい」という人にこそ、特定スキルでは非常に優秀な人がいます。スキルベースで考えるなら、その人たちを排除する理由はありません。
だからこそ、雇用形態や採用(人材調達)の選択肢として、正規雇用だけでなく、業務委託、フリーランス、有期雇用なども含めることで、企業として成し遂げたい事業戦略や人材戦略の実現が具体的に見えてきます。
スキルベース組織への第一歩は、スキルを定義して、人材市場を見ること
今日からスキルベース組織に向けて動き出すとしたら、まず何をすべきでしょうか?
南:まずやるべきことは、組織を細かく定義することです。いきなり組織図を変えるのではなく、まずはポジション単位に分解し、そのポジションを職務記述書に落とし込み、さらに職務記述書内で求められるスキルまで分解していく。
ただし、全社の全ポジションを一気にやろうとする必要はありません。一気にやろうとするから大変になります。まずは、採用できていない領域や、これから強化したい領域から始めれば良い。経営企画だけでも良いし、特定のプロジェクトチームだけでも良い。小さく始めて、それぞれの企業で実現可能なやり方を徐々に形作っていくことが大事です。
もう1つは、定義したスキルに対して、実際にどんな人材が市場にいるのかを見に行くことです。必要なスキルを定義しただけで終わらせず、正規雇用以外の選択肢を含め、どんな人材が存在しているのかを、できるだけ早く確認する。
たとえば、ケーキを買うときに、欲しいケーキのイメージがあるなら、実際に店に見に行くはずです。それと同じで、求めるスキルを定義したなら、そのスキルを持つ人材がどこにいて、どのような条件で働けるのか、実際に市場に見に行く必要があります。
ポジションを細かく定義することと、正規雇用以外を含む人材市場を見に行くこと。この2つをセットで始めるのが、スキルベース組織への現実的な第一歩だと思います。
「誰を採るか」から「どのスキルをどのような形で獲得するか」へ
南が語ったスキルベース組織の導入効果は、データにも表れています。Deloitteの調査によれば、スキルベースのアプローチを採用した組織は、そうでない組織と比べて人材を適切な場所に配置できる可能性が107%高く、ハイパフォーマーを定着させられる可能性が98%高いとされています。「人を適切に活かせる組織」と「そうでない組織」の差は、スキルを見えるようにするかどうかにかかっているのです。

Deloitte:The skills-based organization: A new operating model for work and the workforceより引用、翻訳
ただ、このデータが示すような恩恵を得るためには、まず組織を考える軸や思考方法、プロセスを変える必要があります。このインタビューによって、スキルベース組織への移行は単なる採用時の要件定義のリニューアルではなく、スキルを単位に、組織、人事制度、採用など、すべて組織にまつわることをスキルレベルまで落とし込んで考えるという発想の転換であると、改めて整理できました。さらに、人材調達においては「正社員を何人割り当てるのか?」ではなく、「この業務に必要なスキルは何か、それはどれだけの期間、どれだけの工数が必要か。その場合、どの雇用形態が可能なのか」を先に問う。このようにこれまでと考える粒度を詳細化し、かつ検討の幅を広げることで、組織設計を進めていく上でのアプローチ方法が変わります。
スキルベース組織への道のりを歩み出したら、「獲得」の手段は正社員だけではなくなります。業務委託、フリーランス、有期雇用、そしてAI自体の活用まで。南が語った「ケーキを買いに行く」という比喩は、まさにこの発想を象徴しています。欲しいスキルのイメージがあるなら、まず市場に出かけてみる。市場全体を見渡し、人材とも対話しながら条件を整えていく。「必要なスキルを定義し、人材市場を即座に見に行く」というこの2つをセットにして実施できるか?これが組織の変化への対応力と競争力に直結するのです。
次回は、こうして特定されたスキルを実際にどこから調達するか、人材ポートフォリオと人材供給元の多様性について、引き続き南の話を聞いていきます。
[1] The Boston Consulting Group: How Skills-based Organizations can succeed
執筆:岩井エリカ
編集:今野三貴
