AIと組織

The New York Timesの記事” How A.I. Helped One Man (and His Brother) Build a $1.8 Billion Company”[1] (一人の男性と彼の弟でAIがどのように18億ドル規模の企業を築き上げたのか)が話題になっています。
私もこの記事を読んで、AIによる効率化が進んだ先に、こうした会社のあり方が現実に立ち上がり始めているのだと考えさせられました。このコラムではこの記事をヒントに、ビジネスにおけるAI活用のありかたについて私が考えたことをご紹介します。
AIによって、2人で2,800億円の売上を実現した企業が誕生
この記事の内容を軽く要約してお伝えすると、2024年に創業されたMEDVi社は、GLP-1系の減量治療薬を扱い、オンライン診断やヘルスケアプログラムの提供まで、サービスの大半をオンラインで完結させています。創業者のMatthew Gallagher氏が立ち上げたこの会社は、本人を含む正社員わずか2名という体制で、2025年の売上としては、4億100万ドル、2026年は18億ドル規模に達する見通しだと記載されています。
2026年4月時点での為替水準で円換算すると、2025年の売上は約640億円、2026年見通しは約2,870億円に相当し、創業初月に300人、翌月にはさらに1,000人の顧客を獲得ができているとのことです。開発、マーケティング、カスタマーサポート、データ分析といった事業運営の中核業務をAIで行っており、AI時代の新しい事業モデルを象徴する存在だといえるのでないかと思います。
この記事の中でも触れられていますが、すでに2024年にOpenAI社のCEOであるSam Altman氏は、AIによって、このような会社が現れてくることを予見しています。[2] “
つまり、AIを活用することでひとりでも従来では考えにくかった売上規模10億ドルの会社を作ることも現実になりつつあるということです。MEDVi社は、まさにその予言を体現するモデルケースのように思えました。
ただ、私が最も強く印象に残ったのは、「正社員2名でここまで大きな成果を出せるのか」という事実そのものではなく、むしろ、創業者のGallagher氏が記事の中で漏らした、ある一言です。
「正直なところ、今は孤独だから人を雇いたい」
AIを使ってここまで効率化し、筋肉質な組織を実現した先で、なお「人を雇いたい」と感じたこと。私はそこに、この話の本質があるように思いました。
徹底した効率性の先は、孤独だった
AIは今、驚くほど多くの仕事を担えるようになっています。McKinsey Global Instituteが2025年11月に発表したレポート[3] によると、「現時点の技術でも、米国の全労働時間の57%が自動化可能な状態にある」とされています。

(図:McKinsey & Company Agents, robots, and us: Skill partnerships in the age of AI)
MEDVi社は、まさにMcKinseyの同レポートで示されていることを、現実のものとして実装している会社のように思えます。その意味で、まさにAI活用における最前線の事例と言えるでしょう。コードを書くのはAI。マーケティングもAI。顧客からの問い合わせ対応もAI。ここまで徹底して自動化すれば、本来であれば業務は極限まで効率化され、解放感すら得られてもおかしくありません。
しかし、彼が最終的に感じたのは、そうした感覚ではなく「孤独」でした。
トラブルが起きても、判断するのは自分しかいない。アイデアをぶつける相手がいない。
業務としての顧客対応は効率よく回るものの、顧客との関係性が深まっていかない。
AIによって「処理」はできるようになりましたが、「一緒に考えること」や「関係を築くこと」は担えません。つまり、AI時代において、人が組織に必要とされる理由はそこにある、と私は考えています。
効率を極限まで高めた先には、業務の不足ではなく、人との接点が欠如するという事実が明らかになったのです。
MEDVi社が最終的に「人」に与えた役割は?
記事を読み進めると、もうひとつ興味深い事実が浮かび上がってきます。Gallagher氏は7名のアカウントマネージャーを業務委託で採用しています。そこで求められていた役割は象徴的なものでした。顧客から連絡が来たときには、毎回同じ担当者につながり、その担当者が誕生日や子どもの名前といった個人的な情報まで把握して対応を行う、といった継続的な顧客との関係性を育む役割が期待されていたのです。
もちろんAIでそれが「できない」わけではありません。例えば、誕生日や前に共有されている情報を記録し、参照し、応答に反映すること自体は、技術的には十分可能です。しかし、顧客が価値を感じるのは、単なるデータの記憶ではなく、「この人は自分のことを気にかけている」と感じられることに意味があります。つまり、顧客のロイヤリティを醸成する価値は、自動化された機能そのものではなく、人間関係の中で生まれるものです。
Harvard Business Reviewが2026年2月に掲載したHorst Schulze氏とMicah Solomon氏の論考[4] でも、「自動化が進む世界においてこそ、人間的なホスピタリティが競争優位になる」と指摘されています。AIやチャットボットが浸透するほど、経営者が改めて向き合うべきなのは、効率ではなく、人が相手に与える温度や配慮の価値です。
つまり日本においては、「おもてなし」と呼んできた文化と近い価値なのではないかと思います。
最終的には「人を減らす」ではなく「人をどこに置くか」
MEDVi社の事例を読んで、AIによって多くの業務が自動化される一方で、人が担うべき役割はむしろ、これまで以上に明確になってきていると感じています。AIは既存業務を代替するだけでなく、そのアウトプットを監督・検証する人間参加型の「ヒューマン・イン・ザ・ループ(HITL)」のような新しい役割を生み出していかれてると今言われています。また、社会的・感情的なスキルの需要も、今後さらに高まると見込まれています。[5]
だからこそ、これからの組織設計では考慮すべきことは変わってきます。これまでの組織設計は、「誰がどの業務を担うか」という機能配置の最適化として語られてきました。けれども、MEDVi社の事例が示しているのは、これからは「人がいることで、初めて生まれる価値は何か」という問いから組織を設計していく必要がある、ということなのだと私は捉えています。
情報を整理し、選択肢を比較すること自体はAIでもできます。しかし、不確実性の中でどのリスクを取るか、何を優先するか、どの判断に責任を持つかは、人にしか担えません。加えて、利害の異なる関係者同士の調整や、納得感をもたらす対話。顧客との関係性を築く心のこもったコミュニケーションや、まだ形になっていないアイデアを引き出すブレスト。さらに、どんな価値観で組織を動かしていくかという社風づくりもそうです。これらはすべて、人と人の間でしか成立しない領域です。
Gallagher氏は効率化の先にあったこの本質的な真実に向き合ったのかもしれません。顧客との関係性には人を配置し、意思決定には壁打ちできる相手を求めた。それは、効率性を超えた人間的な価値に、あらためて投資を行なったということではないでしょうか。
現在のような変革期において、みなさんの組織でも同じ問いを立てられるはずです。
「AIに任せるべき業務はどこか。そして、人はどこで価値を発揮するべきか?」
この問いに向き合い、自社のビジネスに合った形で設計していくことが、これからの経営者やリーダーに求められているのだと私は考えます。
人がいる意味を、みなさんの会社ではどう定義しますか?
[1] The New York Times” How A.I. Helped One Man (and His Brother) Build a $1.8 Billion Company”
[2] https://x.com/alexisohanian/status/1752753792058294725
[3] McKinsey Global Institute ”Agents, robots, and us: Skill partnerships in the age of AI”
[4] Harvard Business Review" In an Automated World, Human Hospitality Is a Competitive Advantage”
[5] McKinsey Global Institute ”Human skills will matter more than ever in the age of AI”
執筆:岩井 エリカ